井上糀店について

井上糀店とは

井上糀店は180年以上薪や釜戸を使用する昔ながらの製法で、無添加の糀やお味噌を手作りしている高知県四万十町にある糀屋です。

文政元年創業

井上糀店の歴史は文政元年、初代 井上喜久蔵が高岡郡高岡町から、高岡郡仁井田郷六反地新町に転居したことから始まります。屋号は入吉屋、この地で糀を作るために転居したと伝えられています。

糀の持つ発酵の力を通じ、人々が健康に暮らすお手伝いができるよう努めてまいります。
味噌と糀専門店|井上糀店

6代目 井上征子
7代目 井上雅恵

 

約50年前の写真
屋号は入吉屋、家紋は梅の花。
約50年前の井上糀店。 屋根の下には、「入吉屋」の屋号が入っています。

7代目 井上雅恵 プロフィール

約40年前の写真
約40年前の井上糀店。美人の伯母とお店の看板

糀屋の娘として育ち、井上糀店の工場が遊び場でした。幼少の頃、糀という文化が下火になってきていたこともあり、最初は井上糀店を継ぐことは考えていませんでした。学生時代から「この先、井上糀店はどうなるんだろう?」という不安は常に持っていました。

私は大学へ進学後、大手半導体会社にエンジニアとして20年勤務、退職するより更に3年前に離婚し、小学生の娘と二人で暮らしていました。

家業を継ごうと決意したキッカケは、2010年に祖父母の介護が必要になり、母一人で続けてきた家業を廃業しようかという話が持ち上がったから。
店を閉めると聞いたので、「辞めるのはいかんやろう」と母(6代目)に想いを伝えました。

その同時期に、務めていた会社に早期退職制度ができ、自己都合での退職よりも優遇された条件で退職できること。そして、娘が小学生から中学生になる丁度いいタイミングだったことが背中を押してくれました。

2011年4月に家業を継ぐべく、四万十町に帰省。

 

姉妹
店主(7代目)は右側の関取風の少女

効率化とは真逆の製法

仕事を継ぐことになったとき、「糀造りを発酵器で、大豆は釜戸で炊いていたのをガスの圧力釜で蒸して」と効率化を考えました。実際に、圧力釜は業者さんに来てもらって、設置場所まで決めていたのですが、丁度その頃東北の地震3.11がおきました。

色々なことを思い返し、「電気やガスでの効率化よりも、災害時にも直ぐに対応できる昔ながらの薪と釜戸と木桶の製法を守っておくべきだ」という結論に至りました。

何より炊き出しすることができるので、うちのご近所さんはご飯と味噌汁(作ってますのでね)は災害時でも食べられる!
そういう経緯で、製法を変えることなく糀造りをしております。

伝統を守り続けること

昔ながらの作り方で、道具も私よりも年配の道具たちを使って作っています。それは残していかないといけないものだと思うんです。

時代に合わせた衛生管理の見直しは必要ですが、製法は変わらず守り続けていきたいと考えています。

そして「井上糀店」は四万十町にある地元の糀屋なので、「地元に貢献する。地元のために知ってもらうこと」を大事にしています。四万十町の地元に愛される商品を全国に届けていきたい。

「続けるためにはどうしたらいいか?」という疑問をいつも自分に投げかけています。

守るべきところは、昔ながらの製法と米糀を作り続けること。
守るべきところと、変えるべきところを見極めながら「次の世代にどう繋げていくか」を大切にしています。

糀屋として目指すもの

味噌と糀専門店|井上糀店

井上糀店として「昔ながらの調味料は身体にも良いし、美味しいよ」ということを伝えていきたい。

伝統のものなので、やっぱり日本人には合うし、身近にある調味料です。
これからも日本の古き良き食文化を紡いでいくために、発酵文化を発信していきます。

当店の商品を手にとってもらったり、味噌作りの体験教室を通して、糀や味噌作りを知ってもらえると嬉しい限りです。